費用と質

 無性に新鮮な魚を食べたくなって、日本海沿いの町に行って来た。改めて感じたのは、質と料金は確実に比例するということ。比例しないのは、ぼったくりである

これまでは、泊まりはほとんど国民宿舎などの安価な施設。そこで「あまり美味しくなかった」と言うのは筋違い。それは、当然のことなのである。今回は質もさることながら、量も多く同行者と二人では食べられなかった

移動手段は、ナビも付いていない自家用車。途中で何度か間違って地元の生活道路へ。こうした時に「仕事病」が出現する。昼間の生活道路は婆ちゃんの仕事場。手押し車で移動している人で爺ちゃんはほとんど見かけなかった。爺ちゃんは自宅で昼寝でもしているのだろうか。

爺ちゃん、婆ちゃんが歩行器で移動する姿以外に見かけたのは、自転車に乗った風景。下肢筋力が低下している人にとって、自転車は歩行器と並んで必需品。歩くよりも遥かに楽、杖の代わりに使用している人も多い。

京都などの市街地では、電動アシストが溢れている。本来、アシスト車が必要なのは、山などの高低差があって自転車を漕ぐにはシンドイ「田舎」暮らしの場の筈。ところが、予想に反してそれは全く見かけなかった。何故だろう。都会人の方が体力が無いから・・・のだろう。
介護保険事業で使われる予算が都市部を中心に膨張するのも納得できる話である

何はともあれ、費用は痛かったけど、それに見合う分は頂いた。仕事でもコウ在りたいものである。一方では、費用(介護報酬)に見合う仕事は出来ているのだろうかと思う

木の芽時

 桜も葉桜になって、本格的な春。緑が鮮やかになる季節。気持ちは、上向き。 それでも、なぜか疲れを感じる。あぁ、来たか。潰瘍が冬眠から覚めたようである

仕事で高齢者宅を訪問しても、個人的に活動している障害者のヘルパーとして訪問しても帰って来る言葉は、判半を押したように同じ。「しんどくて〜この季節は」との声

十数年前に病院の相談室で働いていたことがある。病棟を回って患者さんと話していると普段のその人とは明らかに違う。婦長にそんなことを話すと、ニヤリとして一言「木の芽時(きのめどき)」と

数年前にガイドヘルパーとして、一週間に一回、二十代の人の精神病院への通院の同行をしていた。人との接触が極端に苦手な人で、2キロメートルの行程を徒歩て行くのであるが、普段は全く喋らないその人が急に能弁になり、「家族は?」「何歳?」「趣味は?」など矢継ぎ早に話しかけてくる。そして、つぎの週も。あぁ、心を開いて話してくれた!違うのである。木の芽時である

阪神大震災の前日に夕焼けを眺めて「明日、地震があるかも」。そう言った人を知っている。その人も薬を手放せない人である。そういえば、震災の前日に飼っていた金魚が、水槽の中で暴れていたと複数の人から聞いた。 自然の営みに敏感な人たちは、凡人には及びもつかない自然に最も近い五感に優れている人かもしれない。

旅立ちへの僅かなお手伝い

年末のある水曜日、知人から「近所の人が癌末期、この先、長くはない。何とか相談に乗ってほしい」との連絡がある。とにかく、介護保険を利用するには認定の申請が必要だからとの私の説明に、「じゃぁ、私が家族に代わって申請してくる」とのこと。何と行動力のある人である。
土曜日の夜の9時頃、「月曜日に役所から認定調査に来るので、その時の対応はどうしたらいいん?」と電話。よく考えたら、その対象の人とは顔も合わせていない。9時半に知人と同行訪問。腹水が溜まって腹は力士並。シンドイ筈ではあるが、そんなことはこれぽっちも顔には出さず、明るく振舞っておられる。

「模擬調査」をして、本人には安心感を持ってもらった。調査と名がつけば誰でも緊張するものである。同時に当方もその人の概略が把握できた。立ち座りはふらつきもあり、かなり危なっかしい。介護用ベッドがあれば、トイレや食事のための移動時の立ち座りはかなり楽な筈。

原則として○○市の場合は、認定調査時はケアマネージャーは立ち会わない。強引ではあるが、調査を済ませたその日にベッドの手配をする。並行して、認定を早くしてもらうために役所に行って「この先、短く、自宅で穏やかに過ごしてもらうためには介護保険サービスは必要。何とか認定を早くして」と訴え、直近の認定審査会で審査してもらうこととなった。

この辺が介護保険の運用の難しさ。必要ではあるが、直ぐに使えない制度。それでもその決まり事を無視するわけにはいかない。本人の担当医師に照会してベッドの必要性を確認、同意ももらった。以前とは違って、自宅での介護に理解のある医師が増えたのは有難い。翌日にはベッドの納品ができた。自宅を訪問して本人、家族の感想を確認、仕事の充実感を感じるのはこうした瞬間である。

数日後には、腹水を抜くために入院となる。病室を訪問すると近所の人が来ている。本人の付き合い広さが分かる。そんな中「家に帰りたい。日は決めたから」と。予め得た病院の相談室のソーシャルワーカーの情報によれば、直ぐに帰るのは無理の筈。「帰ったら、家に行きますから」とそれには触れず辞す。

帰宅された時の療養について、かかりつけ医を奥さん、知人と訪問。病院からの情報提供書を見られて、「とても帰るような状況ではない」。「本人の想いを組んでほしい」とのこちらの訴えに、最後には「帰るんやったら、こちらも努力するから」との返事。

数日後には「約束通り」家に帰られた。認定の結果が「介護度2」となった。自宅を訪問、顔色は良くないが、相変わらず能弁。「ホンマは3を狙っててんけど2になった」と笑われている。
年末から年始の休みには何も連絡はない。正月は家で過ごされたのかと思っていると、4日に家族から連絡があった。31日に痛みが激しくなり、急きょ入院、1日に死去した。ただ、それまでに家族を集めて、「お母ちゃん(妻)を頼むで。。。」と言われたとのこと。

 何と潔い幕引きであろうか。でも、旅立ちへの「儀式」は本人と家族のそれである。ケアマネは送るまでの手伝いをするのみ。短いお付き合いではあったが、いろんな意味で教えられた関わりであった。

月に1回の訪問

 月末にかけて翌月の利用表を持って利用者宅を廻っている。 月に最近一回は利用者宅を訪問して会うこと、利用表を手渡すこと、この2点を履行しなければ、ケアマネとしての介護報酬は減らされる。それだけに頑張らざるを得ないのである。
 
 それにしてもひと月は早い。あれっ!この前、来たところやんかと思うこともしばしば。利用者、家族も同じような思い。月に数回行かざるを得ないところは利用者の状態の変化にも驚かないが、前月にはほとんど動けなかった人が玄関に歩いて出て来たりすることも
 
 家族も状態が低下した時には連絡をして下さるが、向上した時には何も連絡がない。まあ悪い事ではないし、目くじら立てることでもない。逆に、介護サービス導入が決して間違いではなかったと一人悦に入るのもこうした時である

情報の公表(3回目)

長い間、更新できていなかったブログですが、久し振りに書きます

1年に1回の情報の公表の調査を受けました。3回目です。この調査についてはいろんな問題を含んではいますが、受けるのは義務。ただ、費用が適正かといえば高すぎると言わざるを得ません。居宅介護支援事業所にとってはかなりの負担です

毎年のこととはいえ、調査のための報告をしようと思えば総点検をしなければなりません。まして、今回は昨年と較べて報告の内容が何箇所かは変わっています。大きい問題点は発見されませんでした。いつも思うのは、「できているかかどうか」の確認材料は一例だけ。これでは、事業所の質の向上には繋がりません。じゃ、去年と同じようにしたらいいというようにも思えますが、確認は1年以内もの。毎年、変わっていくのもありますからおろそかにはできません。

調査当日は月曜日。週明けの日は普段から忙しいのですが、今回はそれにも増して利用者家族からの電話連絡の多いこと。午後からの調査のための最終点検も出来ませんでした。普段からきちんと揃えていれば慌てずに済むのですが、お尻に火が点かないと行動しないのが人の常です

とにかく、情報の公表の調査は終わりました。今度は、第三者評価の受診の準備が待っています
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